『クラブ子羊』を後にした我々は、せっかく恵比寿まで来たのだからと足を伸ばして三軒茶屋の『羊々』に向かった。
恵比寿駅からタクシーに乗ったとたんに恵比寿在住の友人から電話。一緒にジンギスカンを食べようとクラブ子羊の前に来たというのだ。あと2分早く電話があれば一緒にタクシーに乗って行けたのに、本当に間の悪い男だ。三軒茶屋で待ち合わせをする。
三軒茶屋の国道246号線と世田谷通りがちょうど別れる三角地帯には2〜3坪の小さな飲み屋が密集している。一歩足を踏み入れると知っている人でないとどこにどんな店があるのかなかなか分からない。
いつも住所を頼りに店を探している我々だが、このへんは同じ住所に何軒も店があるのでなかなか分かりづらい。しばらくウロウロすると246号側の小道の入り口に目指す『羊々』の看板を見つけた。その看板に導かれるままに小道を進んで行くと『羊々』を発見。
入り口をはいると店内はカウンターのみ。11人も入ればいっぱいになってしまう。イスは丸イスでかなり庶民的な雰囲気。この街とこの店にはぴったりマッチしている。
店長だろうか、若い男性がカウンターを仕切り、奥で若い女性がかいがいしく働いている。客はアベックが一組とおじさんが一人。
ここはガスコンロに穴なしのジンギスカン鍋。黙って座ればとりあえずジンギスカンセットが出てくるスタイル(¥800)。追加肉が700円で追加の野菜がもやし、カボチャ、玉ねぎ各200円づつ。肉はオーストラリア産のラムショルダーで1人前120gくらい。
この店の特色はタレが普通の醤油ダレの他にポン酢、岩塩でも食べられる。本来はどれかをチョイスするのだが、我々は図々しくも全てを出してもらった。ジンギスカンとしては邪道かもしれないが、これはこれでいろいろな味が味わえて楽しい。
さっそく熱くなった鍋に脂をぬり付けて肉を乗せる。まわりにはもやしをたっぷり。
幸せの音を耳で楽しみ、まずは醤油ダレから。しっかりした味でビールが美味しい。
次にポン酢をつけてみる。本日2軒目でややもすると脂っぽくなっている口の中がポン酢のさわやかな酸味でさっぱりする。また新たな感じで肉が食べられる。
そして岩塩は肉本来の味が味わえて、まるでステーキ感覚で食べられる。友人も大喜びで肉を追加注文する。
ジンギスカンのあれやこれやを談笑しながら3人で食べていると、一人で焼酎を飲んでいたおじさんが「ジンギスカンのホームページの方ですか?」と話しかけてきた。
聞けばこの店のオーナーの一人だという。最高顧問が「北海道の出身なんですか?」と聞くと出身は鳥取県だとか。驚いたことにこのオーナーの出身は鳥取県の大山だが、そのあたりには羊を飼っている農家があって、子供の頃からマトンの生肉をジンギスカンで食べていたんだそうだ。だから子供の頃から親しんだジンギスカンの店をぜひ出したいということで、友人たち数人と共同でオーナーになり、お店を出したとのこと。
『羊々』という名前は三軒茶屋にはすでに『寅々』という店があるので、向こうが寅ならこちらは羊だということで付けた、と笑いながら話してくれたが、実際はどうなんだろう。
鳥取県でジンギスカンが食べられていたという話を聞いたことがなかったので、子供の頃のジンギスカンの思い出を興味深くうかがった。
「タレがいろいろあって面白いですね。」というと
「こんなものも考えているんです。」といって透明な液体が入った瓶を出してくれた。
青森ではどこにでもある塩ダレというもので、焼きそばや野菜炒めなどにはよく使われる調味料だとか。
「これをベースに新しいタレができないかと考えているんですよ。」とオーナー。
ちょっと食べさせてもらったが、赤坂の『カムイ』の白ダレに近い感じのする味。これはこれで面白そう。
話はジンギスカンからなぜかサッカーの話題に拡がり(オーナーもカウンターの中の若者もサッカーが好きだった)、俄然冗舌になったサッカー好きの会長もノリノリになって、話は尽きず夜は更けていくのだった。
夜の六本木で密着取材 2005年2月
大変なことになってしまった!
とうとう東ジンにテレビの出演依頼が来てしまったのだ。
メディアはTBSの『ニュースの森』。その中で今出店ラッシュが続くジンギスカンを取り扱い、我々の活動を追いかけたいのだとか。
2004年11月頃、北海道のローカル番組にコメントを求められる形で出たことはあったが、密着取材というのは当然はじめてだ。
次の食べ歩きの予定として平日、六本木の「てんこ森」、週末は車で初めて遠くへ遠征しようという計画になっていた。「ニュースの森」はその二日間を同行取材したいという。
2月某日、夕方5時、六本木のアマンドの前で待ちあわせ。
テレビというメディアは、見ている側にまわると出演している素人なんて見終わったらすぐに忘れるのに、いざ出演する側にまわると、一世一代のことだから一生残るものと勘違いしてしまう。会長はいつものシャツにジーンズというラフな格好ではなく、ジャケットにチノパンというちょっと緊張したテレビ用の格好。
地下鉄の駅を上がりアマンドの前に向かうと、いかにもテレビクルーといういでたちのテレビカメラを持った男性とマイクを持った男性、そして女性スタッフの3人組が待ちかまえていた。近づいていって声をかけると案の定、ニュースの森のスタッフだった。女性は吉田さんというディレクターでこの取材のチーフだとのこと。北海道出身でジンギスカンは子供の頃から食べていて親しみがあり、こんにちのジンギスカンブームがなぜ東京で起こったのか知りたくてこの企画を立てたそうだ。色白のかわいい女性である。俄然やる気がでる。
最高顧問も到着し、いよいよ密着取材の始まりだ。
胸にマイクを付けられ、いよいよこれから撮影という雰囲気になってきた。
とにかくいつも通りにということで、まずは地図と住所を頼りに「てんこ森」を探す。
吉田さんたちは取材依頼で前日に「てんこ森」に来ているのだが、あくまでもドキュメンタリーということで場所を教えてくれない。
それでも六本木の交差点をロアビルの方に歩いていくと、すぐに「てんこ森」の看板が見つかった。店は地下1Fにある。ジンギスカンは煙と臭いがすごいのに、排煙があまりうまくいきそうもない地下に店を構えるというのは大丈夫だろうかとちょっと不安になる。
中をのぞくと開店直後で客はまだ誰もいない。入り口を入るとL字型のカウンターが右に延び、左側はテーブル席になっている。カウンターが12席、4人掛けテーブルが3つ、全部で24〜5席くらいだろうか。
店内は白を基調とした清潔感あふれる雰囲気で、天井には排煙ダクトが走っている。壁にはビニールのスーツカバーが掛けられていて、場所柄、スーツ姿でくるお客さんが多いのか、スーツに匂いがつかないようにとの配慮がなされている。
我々はカウンターの一番奥に座った。テレビカメラが追いかけてくる。ジンギスカン2人前と生ビールを注文する。
会長がさっそくメニューなどのメモをとりだす。
すかさず吉田さんから「何でメモをしているんですか?」と聞かれる。
「日記を書くのが2〜3ヶ月先になってしまうこともざらなんで、忘れないようにメモしてるんです。」と会長。
ビールが運ばれてきた。まずは最高顧問と乾杯。その様子を映そうとカメラがグーッと寄ってくる。緊張のあまりジョッキを持つ会長の手が震える。「これはいかん」と思えば思うほど手の震えが大きくなる。
この店は七輪に穴明き鍋、肉はオーストラリア産の肩ロースのみ。ジンギスカンが肉と野菜のセットで1,000円、追加の肉が800円で野菜が200円となっている。他には「焼きキノコ」500円、「ポテトサラダ」300円、「猫ゴハン」500円、「浅漬け」300円など。デザートは「雪見だいふく」200円となっている。
ジンギスカンが運ばれてきた。セットの野菜はもやし、玉ネギ、長ネギ。肉は厚さが3〜4ミリで大きさはまちまち、1人前100グラム弱といったところ。六本木という場所にしては値段設定が安いと思ったのだが、量がちょっと少ない。
さっそく脂(この店は牛脂を使用〕を鍋に塗り付け肉を乗せる。
いつもの幸せの音が店内に響く。その音を聞いて、ようやく会長も落ち着いてきた。
焼けた肉をタレにつけて、さっそく一口。
肉は適度に噛みごたえがあり、噛むと肉汁が口に広がりさらに幸せ感が増す。
タレは醤油ベースのあっさりとしたタイプ。このタレだとゴハンと一緒にガッツリ食べるというよりも、飲んだあとに軽く肉をつまむという感覚がいいかも。
頼んだ肉をあっという間に平らげ、追加肉を注文。このころにはテレビカメラも気にならなくなってきた。
店の人が「ラムチョップもうちは自慢なんです。」という。
「それじゃ、それもお願いできますか。」と頼むと、今日は残念ながら入荷がないとのこと。
ラムチョップ好きの会長はガックリと肩を落とす。
食べている間にお客さんが一組、二組と増えていく。みんな店に入るなりテレビクルーにビックリした様子だ。映されている我々を「いったい誰だろう」という感じで見ている。
なかにはテレビスタッフにインタビューされる女性グループも。(あとで放送を見たらカットされていたけど〕
店主に話を伺った。
店主は奈良出身で、子供の頃ジンギスカンを食べたことはなかったんだそうだ。3年前北海道に行ったときに初めてジンギスカンを食べて感動し、それまで焼き肉屋に勤めていたんだけれど、独立するときにはジンギスカン屋を始めたいと思い、念願かなってこの店を始めたとのこと。
焼き肉屋で修業をして肉に対する目利きには自信があるので、肩ロースとラムチョップのみと種類は少ないが、その味には自信を持っているということだった。
この店は嬉しいことに朝5時までやっていて、混雑のピークは夜7時頃と飲み屋が終わる夜中の2時頃。夜中のピーク時は場所柄、テレビや音楽関係、ホステスさんなどが多いそうだ。
我々が食べ終わるころには客は7分の入り。それでも店内はそれほど煙たくない。排煙設備はしっかりしているという感じを受けた。
最後にお金を払い、東ジンのステッカーを渡し店を出たところで撮影は終了。やはり緊張のせいか、いつもの食べ歩きの倍は疲れる。
週末は事務所での取材を受け、その後町田、相模原方面への食べ歩きに同行取材だ。最初は軽い気持ちで受けた取材だが、実際に撮影されてみると大変なことになっちゃった、という気持ちがひしひしと湧いてくる。しかし、これも『ジンギスカン啓蒙』のためと自分の心を奮い立たせながらテレビスタッフと別れた。
最高顧問に「ずいぶん緊張してたね。」とからかわれる。彼は大陸的というか北海道的おおらかさをもっているというか、初めてのテレビ取材にも動じたところがなかった。やはりこういう取材は彼の方が向いているのかなぁと思い、ちょっと落ち込んだ会長であった。
その週末の土曜日も『ニュースの森』の取材。
この日は午後から事務所で東ジンのホームページの更新などの模様を取材され、夕方から町田の「うだ川」、相模原の「ひつじ屋」へ東ジン初めての遠征を密着取材というスケジュール。
胸と腰に隠しマイクを取り付けられる。どうもこのマイクを付けられると緊張してしまう。軽い打ち合わせのあと会長が事務所に入ってきたところから撮影がスタート。
「いつも通り普通に」というディレクターの指示だが、緊張のあまり顔がにやけてしまってどうもいつも通りにできない。3回目でようやくOKが出る。
その後ホームページ更新の模様や東ジンの活動やジンギスカンについてのインタビューを受け、夕方5時頃に事務所を出て町田に向かった。
会長が運転、最高顧問が助手席、それにハンディカメラを持ったディレクターが後部座席に身を潜めるようにして乗り込む。他の取材班はワゴン車で後を追いかけてくる。車内の会話も全部録音されているのだが、しだいに取材を忘れて最高顧問といつものたわいない会話で車内が大いに盛り上がる。
カーナビのおかげでほとんど迷うこともなく町田の「うだ川」に到着。周りにはランドマークになるようなものもない住宅街の中にある。駅からも距離がありそうで、ここで26年間もジンギスカン屋を営業しているというのはたいしたものだ。
前回の六本木「てんこ森」は予め取材スタッフが取材許可をとっていたのだが、今回はドキュメンタリー性を強調するためにアポなし取材。いつもなら最高顧問と二人で店に入って飲み食いし、お会計のあとに東ジンを名乗るのだが、今回は最初からハンディカメラを構えたディレクターが我々を撮影しながら後ろをついてくる。マスコミ取材拒否の店だったら店に入った時点で我々の食べ歩きもできなくなってしまう。
まずはいつも通り最高顧問が店の外観や看板を撮影。外観は居酒屋然としているが、その看板には燦然とひつじの絵が踊っている。店先のひつじのぬいぐるみがここがジンギスカン屋だと語っている。我々は勇躍のれんをくぐって店に入った。
店内にはお客さんが二組。店主であろうおやじさんが一人で切り盛りしている。壁には東ジンのひつじの効能について書かれたページや、掲示板に書かれていたこの店の評判の部分がプリントされて貼ってある。どうやら東ジンのことを知っていて、しかも好意的な感じだ。
後ろをついてくるディレクターに店主もお客さんも「なんだなんだ・・・」という雰囲気。
我々が店に入り、イスに座るまでを撮り終えたディレクターがおやじさんとお客さんに事情を説明する。おやじさんもお客さんも快く取材に協力してくれるという返事。そこで初めて外で待っていた取材クルーが店内に入って本格的な取材が始まった。
店内は8人掛けのカウンターに4人掛けのテーブルが2つ、7人掛けの大テーブルが1つ。店の奥は座敷になっている。造りはジンギスカン屋という雰囲気よりも、まさに居酒屋。ここは七輪ではなくカセットコンロにスリットのないジンギスカン鍋で焼く。
ジンギスカンは塩と生と味付きの3種類の味が用意されている。大皿サービスラムが250g750円(安い!)、生ラム750円、生マトン650円。いずれも1人前は120gだそうだ。野菜盛りはもやし、タマネギ、ピーマン、ニンジン、なす、それに変わったところでは水菜が入って350円。味付けは1人前?1,500円とちょっと高い感じもするが、量が2〜3人で食べて十分な量だから実際は高くはない。変わったところでは「マトンザンギ」(600円)なんていうメニューもある。
まずは最高顧問はビール、会長は運転があるのでウーロン茶を頼む。(ビールをグーッと飲みたかった)
今日は2軒はしごするのでちょっと控えめに生ラムと生マトンを1人前づつ塩とタレで、そして味付けを1人前注文する。
塩は網焼きで食べてくれということなのでそれに従う。
羊の脂でけっこう煙が出る。ラムは厚さが2〜3ミリだがマトンはそれよりも厚切りに切ってある。
まずはラムを一口。程よい弾力とジューシーな肉汁が口に広がる。美味い。
次はマトン。羊の香りがより強くなって羊肉好きはこちらの方が喜ぶ味だ。マトンとはいえ十分に柔らかい。
網を鍋に換えてもらいタレで食べてみる。タレはけっこう甘めな味でそれにさらにすりおろしたリンゴを薬味として入れる。かなり甘い感じになる。会長個人としてはもうちょっと甘くない方が好みなのだが、子供を連れた家庭連れにはこっちの方が喜ばれるのだろう。地元で愛される店というのはこういう工夫があるんだろうね。
マトンザンギも頼んでみた。ちょっと衣が厚い気もするがサクサクして美味い。肉は味付け肉に衣を付けて唐揚げにしたものだということでかなり柔らかい。水菜と一緒に食べるとあっさりしてさらに美味だった。
味付け肉はかなりのボリュームでこれを全部食べたのでは次の店に行けなくなる恐れがあるので、昼から何も食べていない撮影スタッフにも一緒に食べてもらうことにした。最初は取材者から奢ってもらうわけにはいかない、と固辞していたスタッフも味付け肉の焼ける甘い香りに逆らえず箸を手にした。ディレクター、カメラマン、音声さん、取材ワゴン車のドライバーの4人であっという間に鍋が空になっていく。おやじさんが肉やうどんをサービスで追加してくれた。
このうどんが美味かった。味付け肉のタレとうどんがよく絡まって、甘めの焼きうどん風で〆にはピッタリだ。
ドライバーの方は長野出身で、ジンギスカンをよく食べていたと懐かしそうに話してくれた。
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おやじさんに話を伺った。
おやじさんはもともと和食の板前さんで、26歳の時にこの店を始めたのだそうだ。それから26年間この地でがんばっているとのこと。最初は居酒屋だったのがジンギスカンをメニューに出すうちにその魅力にはまり、専門店にしたのが15年前。ザンギなどというメニューがあるからてっきり北海道出身だと思ったのだが、驚いたことに東京は世田谷出身だという。
肉は滝川の羊肉業者から仕入れていて、タレは26年間研鑽して作り出したという貴重な味。
おやじさんはインターネットをしていないのだが、お客さんが東ジンの話をしていて我々のことは知っていたとのこと。壁の張り紙も娘さんがプリントして持ってきてくれるのだそうだ。
いつもは一人で店を切り盛りしていて、忘年会シーズンなどよっぽど忙しいときには奥さんに手伝いに来てもらうが、基本的には一人で賄っているとのこと。
テレビ取材を嬉しそうに家にいる家族に電話で報告していた。
いかにも人のいいおやじさんの人柄とこの味が、この地でジンギスカンを26年間やってこられた秘訣だろうと大いに納得して我々は店を出た。
町田の『うだ川』をあとにした東ジンとテレビ取材班は、車に分乗して次の店、相模原の『ひつじ屋』に向かった。
町田と相模原は目と鼻の先。車で移動すること20分程で『ひつじ屋』を発見する。
この店も『うだ川』同様アポなしの取材。車を降りて店に入る我々をディレクターが撮影しながら後に続く。
ここで問題が発生した。お客さんの一人が「許可なく撮影するのはけしからん。自分が映っているかもしれないからビデオテープをすぐに廃棄処分にしろ」というのだ。ディレクターが必死になって釈明するのだがそのお客さんは納得しない。「お前じゃ話にならないから電話で上司と話をさせろ!」というところまで話がこじれてしまった。
最初に文句を言ってきたときの第一声が「てめぇら、なにもんだ!」という言い草にムッとしていたわりと短気な会長が、こうなったら……と心で腕まくりして立ち上がりかけたときに、その機先を制するかのように物事に動じない大陸的な性格の最高顧問が「申し訳ありません、我々はこういうものです。」といって柔らかい物腰で東ジンの名刺を差し出した。
相手はその名刺を見ると途端に「いつもホームページ見てるよ。ここもホームページで知ったんだ。」と腰が低くなった。
これで一件落着かと思ったら取材スタッフには荒々しく接し、納得しない様子。
店の迷惑になるので外で話しあうことに。
スタッフが外に出ている間、注文することもできず手持ちぶさたついでに店内を観察する。店内は海の家風のワイルドな雰囲気。でも、ジンギスカンという食べ物にはなぜかマッチしている。
壁のメニューを見るとジンギスカンセットという肉と野菜のセットが1人前900円、上ラムは2人前からで1,700円、ラムチャックロールも2人前からで2,000円。味付けマトン、マトンロースが1人前800円、ちょっと他では見ないメニューでマトンスモーク800円、ガツ刺300円などというのもある。基本1人前は120gだそうだ。
ここのマスターは函館出身で、2004年1月3日に心機一転この店を開いたのだそうだ。もちろん函館出身なのでジンギスカンは子供のころから慣れ親しんだ食べ物で、それだけにマトンにこだわっているとのこと。
とにかく美味しいジンギスカンを提供したいと意気込みを語ってくれた。
ようやく解決したのかスタッフが店内に帰ってきた。結局その人を絶対に放映しない
という念書を書くことで落着したらしい。
さて、気分を変えてようやく注文する。ジンギスカンセットを1人前、上ラムとラムチャックロールは2人前全部食べられそうもないので無理をいって1人前づつ出してもらう。それに味付けとマトンロースを注文。
ここの肉はニュージーランド産ということで、どちらかといえばあっさりした感じ。2軒目でおなかがいっぱいになってきている我々でもスッとお腹に入っていく。
七輪に炭火、鍋は穴あきタイプで縁が高くなっていて野菜がこぼれにくい親切設計。
タレは自家製のタレとベルのタレの2種類が用意されている。ベルタレを置くところなど北海道出身者ならではの、道民の心情がよくわかったこだわりが見て取れる。
自家製のタレはタマネギのすりおろしなどが入ったやや甘めで濃い目の味。ニュージーランド産の肉があっさり系なのでタレはやや濃いめなのだろう。
味付けを食べてビックリした。
やや酸味があって一瞬腐っているんじゃないかと思ってしまったのだがそうじゃない。漬物でいえば古漬けとでもいうのだろうか、口に入れると発酵食品特有の香りが鼻腔を吹き抜け、舌先にちょっとしびれるような酸味が走る。これは好き嫌いがはっきり別れる味だけど、好きな人ははまる味だと思う。
マスターに聞くともっと長く漬け込んだ肉も出していたのだが、あまりにもマニアックになりすぎてだいぶマイルドにしたのだとか。できればもっとマニアックな味を味わってみたかったのだが、今日は置いてないということで諦めた。
この店も街道沿いとはいえ駅からちょっと離れた場所にあるので立地条件は必ずしも良いとはいえないが、マスターの意気込みが高いだけに頑張って欲しい店の1つだ。
会計のあと「んまい」シールをマスターに渡して店を出た。
車に乗り込み本日の感想を最高顧問とお互いに述べながらしばらく走ったところでテレビ取材も終了。スタッフとはここで別れた。
はたしてどのような編集がされ、どのように放送されるのか楽しみだ。
ちなみにこのテレビ取材にはギャラは一切出ず、ジンギスカンを食べた料金もすべて自腹だったことをここに報告させてもらいます。(けっこうその辺のことを聞いてくる人が多いので)
新宿に老舗ジンギス店を訪ねる 2005年2月
世の中変わった。新宿は意外にもジンギスカン不毛の地と書いたのが2004年9月。
それから一年しないうちに続々と新宿に新しいジンギスカン屋がオープンしている。ブームとはこういうことを言うのだろうか。東ジンに対する取材の多さにも面食らっている我々にしたら、この世の中の動きは目を白黒させるばかりだ。
そんな中、創業1997年という、今では老舗的な立場にあった新宿の『北牧場』が立ち退きによって新宿御苑前から姿を消したのが半年ほど前だった。会長はその雰囲気と味を忘れないように閉店する前に何度か足を運んだものだ。
味もさることながら、カウンターの中の従業員のおばちゃんとお姉さんの絶妙のコンビも良い味を出していて、店の魅力の1つになっていた。
そんな『北牧場』が満を持して2005年1月に場所を新宿南口の方に移してオープンしたという情報が東ジンの掲示板に書き込まれた。
これはぜひとも足を運ばなくては。
3月某日、会長と最高顧問といういつもの二人は鼻息も荒く新宿南口の改札を出た。
住所を頼りに店を探す。南口を出て甲州街道を初台方面に進み、ファーストキッチンの交差点を斜めに横切り、甲州街道から1本代々木よりの路地に入ったところにその店はあった。駅から歩いて5分かからないという好立地。
5時開店なのだが鼻息の荒い我々が到着したのが4時45分。当然店はまだやっていない。最高顧問がいつものように外観を写真に収める。入り口の上にまだ新しい一枚板の看板に『富良野発 北牧場』の文字。素朴な北海道風な感じになっている。『ジンギスカン 北牧場』とデカデカと書かれたオレンジの立て看板も店の前にデンと構えている。
早く食べたい! 我々の鼻息はますます荒くなってくる。
5時を2〜3分過ぎた頃、中からおばちゃんが出てきて店先に暖簾をかけた。これがオープンの合図なのだろう。そしてそのおばちゃんは・・・新宿御苑前のときにいたあのおばちゃんであった。
急ぎすぎて足下のおぼつかない我々は、なだれ込むように店に突入した。
店内は白い壁で明るい雰囲気。天井に太いダクトが走っていて、排煙に気を使った感じが見て取れる。カウンターが12席と、詰めれば8人は掛けられる大テーブルが1つ。壁には順番待ちの人の席が取り付けられている。
メニューはジンギスカンセット(野菜はもやしのみ、キャベツのお新香付き)980円、追加肉850円。肉はこれのみ。あとは野菜盛り合わせ450円、もやし400円、アスパラ500円、キムチ500円、お新香300円など。ご飯は麦の入った麦ライスで200円。肉は北海道産のラムを出しているとのこと。
まずはセット2人前と生ビールを注文する。
七輪、スリット入りのジン鍋は以前と一緒。酸味の強いあっさりしたタレも変わりない。薬味は一味にニンニク。
カウンターの向こうの壁に「ジンギスカンはよく焼いた方が美味しい」と書かれた張り紙が目に入った。
一般的に「ラム肉は焼きすぎると肉汁が出て肉も硬くなるのでレアくらいで食べるをもって良しとす。」と言われているし、マスコミの取材でも我々はそのような食べ方を推奨してきた。しかし、これはこれでお店としてのこだわりが感じられる。もともと食べ物なんてものは個人の好き嫌いがあるから、こういったこだわりを持つ店は好感が持てる。
最高顧問が「じつは俺もよく焼いた方が羊の香りが強い気がするんだよね。」
とこの張り紙をわが意を得たりとばかりに大きくうなずきながら眺めていた。どうやら最高顧問は今まで店では我慢してレアで食べていたらしい。(ちなみに会長はレアくらいで食べた方が好きです。)
そこで今回は店の方針に従ってよく焼いてから食べることにする。
鍋が十分に熱くなったのを確認して肉を乗せる。ジュ〜〜〜〜っと店内に響き渡る幸せの音。
よく焼けた肉をタレにつけてパクリ。よく焼けた肉は適度な弾力で歯茎を押し返し、それに負けじと歯が肉を切断すると中から肉汁があふれ出てくる。美味い!
あっさり味のタレは肉の味を邪魔することなく、肉本来の美味さを引き立て、またラムの脂のしつこさを緩和してくれる。
次にレアな状態で食べてみた。肉は柔らかく肉汁もより多いが羊の香りもマイルドで羊好きにはちょっと物足りない。ただ、羊初心者にはこちらの方が良いだろう。
開店と同時に入ったのでお客はまだ我々二人だけだったのだが、10分もするとお客が1組2組と続々と入ってくる。場所柄か平日のせいかサラリーマン風が多いが若いカップルもちらほらと店に入ってくる。中には1人で来て携帯で打ち合わせをしながらサッと食べてすぐに立ち去っていく粋なサラリーマンもいる。40分もすると店内は満員になってしまった。
時には店に入りきらず、外にまでお客さんがはみ出ることもあるとか。ジンギスカンブームが来ているとはいえ、さすがに老舗の貫録を感じる。
肉の追加をもう3人前注文し、ビールを飲んで大いに気勢が上がったところで我々は東ジンの「んまい」シールをおばちゃんに渡して店を出た。
この後、我々がこの盛り上がった気勢を新宿でどのように静めたかは、今は思い出せない。(笑)
青春の思い出エリアに新店を訪ねる 2005年3月
新宿三丁目―――
狭い地域に小さな飲み屋が密集し、庶民的でありつつ昔から文化人も多く通う、ちょっと猥雑な中にも文化の香りが漂う不思議で面白い街。
今では都内でも数少なくなった落語を定席している「末広亭」という寄席もあり、20数年前落語がマイブームだった会長がよく通っていた、会長の甘酸っぱい青春の思い出を抱えた街でもある。
そんな新宿三丁目にもいよいよジンギスカン屋ができたという情報が入ってきた。名前は「炭火ヂンギスカン あんちゃん」。最もジンギスカンの似合う街と思っていた場所だけに嬉しさもひとしお。3月某日さっそく最高顧問と連れ立って出かけてみた。
店は夕方5時オープン。最高顧問とは5時30分に地下鉄「新宿三丁目」駅前で待ち合わせをした。時間が早いせいでまだ静けさが残る街をいそいそと店に向かう。
数年ぶりの三丁目の街並みは相変わらずの雰囲気を醸し出している。知った店あり、新しい店あり、酔って迷惑をかけた店、よく通ったラーメン屋……。その三丁目の要通り沿いの靖国通りよりの方に「あんちゃん」はあった。ビルの2階にあるので通りの看板を見落とすとちょっと迷ってしまうかもしれない。
急な階段を上って扉を開けると店内はほぼ満員状態。もっともカウンターのみで10人も座ればいっぱいになってしまうくらいのキャパの店ではあるが、それでも平日のまだ6時前ということを考えれば大盛況といっていいだろう。我々はかろうじて空いている奥の2席に案内された。
席に座って改めて店内を見回してみる。カウンターは木目調で壁には液晶の小型テレビがかかっていてニュースを映している。そのカウンターに丸い穴が空いていてその中に七輪が入っている。鍋は縁の浅いオーソドックスなタイプ。イスに腰掛けると後ろは人がやっと通れるくらいのすき間が出来るだけで、いってはなんだけど本当に狭い。
カウンターの中では若い女性と男性の2人が忙しそうに働いている。肉や野菜の追加がどんどん入っている。
メニューはヂンギスカン(この店ではヂンギスカンと表記しているので、この日記も今回はそのように表記)と野菜のセット(野菜はもやし、タマネギ、長ねぎ)980円、追加肉が上生ラム940円、生ラム840円、皮ラム740円。野菜追加420円など(2005年3月当時)。会長のイメージしている新宿三丁目の値段設定にしてはちょっと高いかも。(セットがあと100円安ければいうことないんだけど)
さっそく生ビールとセットヂンギスカンを2人前、上生ラム2人前、それに皮ラムという聞いたことのないメニューを1人前注文する。
生ビールは凍って霜が付いたジョッキに注がれて出てきた。中のビールも多少凍ってシャリシャリしている。これがこの店のウリとのこと。最高顧問とまずは乾杯して冷えたビールをグイッと飲む。
よく冷えたビールというのはゴクゴクと飲んだあとにプハーッと息をはき、そのあとなぜか「コンチクショーメ」と心の中で叫びたい気持ちにさせる。口のまわりについた泡を手の甲でぬぐえば完璧。これが世にいわれる『冷え冷えビールコンチクショーメ(略して「ヒエビーコン」)の法則』である。
我々もこの法則に逆らうことが出来ず、お互いに小さい声で「コンチクショーメ」とつぶやいた。
そこにタイミング良くヂンギスカンが登場。驚いたことにタレが肉用と野菜用と2種類、それに塩も出てきた。肉用のタレはヂンギスカンのタレらしい醤油ベースにやや酸味が感じられる強い味。野菜用はあっさりしていて野菜の美味しさを十分に引き出す味付けになっている。塩は肉に対する自信の現れとみた。
まずはセットの肉を鍋に乗せる。幸せの音が店内に響く。軽く焼いた状態で肉用のタレにつけてパクリ。程よい弾力を歯茎が喜び、肉汁が口径内に拡がる。タレを控えめに付けると肉の美味さがより引き立つ。
次に上生ラム。こちらは肩ロースの部分だろう。とても柔らかく癖もまるでない。
皮ラムはスジのまわりについた肉だろうか。歯ごたえがあるものの噛みしめると羊の旨さがどんどん出てくる。こっちは羊好きにお勧め。
フッと気がつくとカウンターの中で青年(あとで聞くとこの人が店長だった)が見慣れぬ肉を皿に並べている。
「それ何ですか?」と聞くと、いい肉が入ったときにだけ出すラム肉の刺し身だという。メニューにはない裏メニューだとのこと。
「ぜひ食べさせて欲しい!」とお願いすると店長は快くこころよく肉を出してくれた。
ラム刺しは癖がなく、脂もないので実にあっさりとしている。ラム肉と聞かなければわからないかも。でも、噛みしめていくとほんのりと羊の香りが感じられてくる。これもまた貴重で美味しかった。
我々が食べている間にもお客さんが店をのぞいては満員で断られて帰っていく。まだ7時前だというのにやっと入れたグループは「今日はもう肉がラム皮しか残っていないがそれでもいいでしょうか?」と聞かれている。7時前に肉が売り切れるとは席数が少ないから仕入れる量も少ないのか、それともよっぽど最初に来た客たちが食べたのか……。(そういえばお代わりの声が店内に何回も響いていたっけ)
そのグループは一瞬お互いに顔を見合わせたが、大きくうなずくと席に着いた。
まさに大繁盛といっていいだろう。
店長は忙しそうだったのでいつものようにじっくりと話をうかがうことは出来なかったが、それでも聞いたところ、この店は2005年2月にオープンしてまだ1ヶ月ほど。オーナーは店長ではなく、歌舞伎町の方に料理とカクテルが自慢のバーを経営している人で、ジンギスカンが好きでこの店を出したのだそうだ。ラム肉には特にこだわっていて、仕入れもしっかりチェックしているとのこと。
「大繁盛ですね。」というと今日はたまたまでまだ時間帯によっては暇なときも多いと謙遜していた。
新宿三丁目というジンギスカンの似合う街にオープンしたアットホームな店。キャパが小さい分お客への対応も細やかで繁盛間違いなしと感じた。我々のシールなど必要ないかもしれないが、それでも儀式として「んまいシール」を店長に渡し、大きくなったお腹をさすりながら満足気分で急な階段を下りる我々であった。