取材でPecora、満腹の夜 2005年3月

 マスコミ、特に印刷媒体の取材はほとんどが無報酬だということを、この数ヶ月のジンギスカンブームの取材攻勢で知った我々だが、ときどき美味しい目に合うこともある。
 それは取材場所がジンギスカン屋で行われるとき。そこでの飲み食いはたいてい取材先の人が払ってくれる。つまり、我々はタダでジンギスカンが食べられるという、文字通り美味しい目だ。
 この時ばかりは「東ジンをやっていてよかった・・・。」としみじみと思う。「こんな取材ばっかりだといいのに・・・」と心から思う。(この一ヶ月後にはそんな考えが甘かったとイヤというほど思い知らされる会長なのだが)

 今回取材を申し込んできたのは共同通信というところで、取材内容が「ジンギスカンに限らず多彩な羊肉料理を出す店で、羊肉ブームについて語って欲しい」というものだった。全国の地方新聞にグルメ記事を定期的に発信している企画で、今回は流行りの羊肉についての特集だとのこと。
 そこで我々は新宿の『Pecora(ペコラ)』というラムシャブレストランを指名した。ここは今では貴重な北海道産のラム肉が食べられる店で、ラムシャブ以外にもオリジナルなラム料理をいろいろ出していて、我々もかねてより一度行ってみたいと思っていた店だ。
 最高顧問はそうでもないが、会長はこの「タダ」という言葉に異様に反応する。また「食べ放題」という言葉にも異様に反応する。食べなきゃ損という状況が大好き。当然この取材も張り切っていた。

Pecora外観 『Pecora』は最寄りの都営大江戸線西新宿駅から歩いて10分以上もかかる、かなり不便なところにある。会長はいつもオートバイで飛び回っているのでどんなに駅から遠くても構わないのだが、最高顧問は読みが甘くて待ち合わせの時間に30分ほど遅れるという。
 外観は白を基調としていて清潔感があふれている。店のマークのヒツジの絵がかわいらしい。
 先に店に入るともう共同通信の記者の人が店でオーナーを相手に取材をしていた。
 店内は入り口を入ると半地下風になっていてけっこう広い。4人掛けのテーブルを中心に60席近くもあるだろうか。
オシャレな店内 ますはこの店のオーナーと名刺交換。このオーナーがとても上品な感じの女性だった。広告代理店経営のかたわら、ひつじ好きが高じてこの店を出したのだそうだ。北海道出身で、地元のラム肉を手に入れようと北海道各地を回った結果、北海道のヒツジの牧畜環境に危機感を覚え、瀬棚町というところの町役場と一緒に官民一体となった牧場を経営して北海道の産業の活性化も図りたいと考えているという大変崇高な理念も持った情熱的な人でもあった。
 『Pecora』は2004年12月オープンでこの場所を選んだのは、ここが道路予定地でとりあえず2年間の期限があるので安く借りられたから。
 オーストラリア産のラムシャブが1人前980円、北海道産は1,680円という値段設定で出しているが、北海道産はその値段ではやっていけないことが分かったので4月から値上げさせてもらうとのこと。(2005年3月時点。2006年4月時点では2,200円になっている)
 
 共同通信の記者に挨拶をし、最高顧問が遅れることを詫びて取材が始まった。
 東京ジンギス倶楽部を立ち上げたいきさつから羊肉の効能といった話をしていると、オーナーが「そろそろ料理を出しましょうか」といって次々と料理を出してくれる。
 まずは試作で作ったという「ラムの烏龍茶煮」。ラム肉の塊を烏龍茶と醤油ベースのタレで煮たいわゆるチャーシューで、西洋ワサビが添えられている。
 これが旨かった。色は茶色で一口食べるとしっかりした弾力とみずみずしい肉汁があふれ、噛んでいるとヒツジの香りもしっかりとする。試作品というのがもったいない逸品。(のちに定番メニューになったのは当然)
 これでビールなどを飲みたいところだが、バイクで来ているので烏龍茶で我慢。
 次に出てきたのが「ラムユッケ」。
 ラムのもも肉を使っているそうで、クセがなくヒツジとは分からないくらい。
 さらに「ラムたたき」。
 これは北海道産のラムを使用しているということで、歯ごたえがありヒツジの香りも強い。
ラムの烏龍茶煮 ラムユッケ ラムたたき
「次は網焼きを食べてみてください。」ということでテーブルに網が用意される。
 ちなみにこの店はラムシャブ鍋がメインなので火は炭ではなくガス火。
 まずは北海道産のロースとカルビ。厚さは約5ミリ。
 ロースは一頭から3〜4人前しかとれない肩ロース、カルビはロース下のバラ肉だとのこと。
 カルビの方が脂身が多いのだが、この脂がじつに美しい。塩コショウで食べてみたのだが、脂身が甘く肉も柔らかく、口の中に脂が残らない感じがする。
カルビとロース
無煙ロースター

 ここで最高顧問が登場。
 取材を最高顧問にまかせ、ときどき相づちを打つだけであとはひたすら食べる会長。
「タダ」だから食べなくちゃ損をする、と考えるあさましさが体全体ににじみ出ていたと思う。
 
 次に「ネギ塩」が出てきた。ロース肉に味付けをした刻みネギが乗っている。これはネギの乗っている方を上にして焼き、ひっくり返さずに(ひっくり返すとネギが落ちてしまうから)片面が焼けたら食べて欲しいとのこと。コショウが効いていて、ネギの香りと絶妙の塩加減がちょうどいいハーモニーを奏でている。お代わりしたいほど美味しかった。
 しかし、今回料理はオーナーに全ておまかせしているので我慢。
 それから「焼き野菜」(カボチャ、タマネギ、椎茸、シシトウ)と「ニンニクのオイル焼き」(このオイルに焼いた野菜を漬けて食べると絶品)、「じゃこサラダ」でちょっと一息。
 落ち着いたところで「ラムチョップ」登場。「ラムチョップ」はニュージーランド産を使っているそうだ。
「ラムチョップに外れなし」ということわざがあるが(嘘)、ここのラムチョップも肉の旨味と脂の甘味が調和して、噛みちぎるたびに法悦の境地に誘(いざな)われる。
 これも「もう一本、いや二本でも三本でも食べたい!」と思ったが、これもぐっと我慢。
 さらに「ラムのゴーヤーチャンプルー」が出てきた。これはラムとゴーヤーを炒めたもので、味はキムチ風味で辛い。しかしこの辛味があとをひき、つい箸をのばしてしまう。(これは本当にご飯が欲しかった)
ラムシャブ用の鍋 ラムしゃぶを堪能 デザートも素敵
 そしていよいよこの店自慢の「ラムシャブ鍋」。
 鍋は中国の火鍋風に中が2つに仕切られていて。片方は岩塩とタイムを基本にした透き通ったスープ、もう一方はヒツジのスープをベースにした赤いスープでいかにも辛そう。ここに丸い冷凍肉をさっとくぐらせて食べる
 タレはオリジナルのポン酢と胡麻ダレの2種類。これにお好みでトウガラシ、ニンニク、ネギといった薬味を入れる。
 最初に野菜を入れて煮立てると、スープに野菜の旨味が十分に出て美味しいというアドバイスをいただいた。
 透き通ったスープはあっさりと、赤いスープは想像した通りけっこう辛い。しかし、この辛さがあとをひき、お腹がいっぱいになってきているのに肉がどんどん食べられる。
 北海道産の肉は脂がいいのかアクもほとんどでない。このスープで最後にラーメンかうどんで〆ると絶品だとか。
 しかし、残念なことに〆に行く前に、会長は仕事に戻らないといけない時間になってしまった。
 記者と最高顧問はもう少し飲んで食べていくとのこと。
 悔しい!
 取材もほとんど終えたのを期にしぶしぶと席を立った。
(その後、オーナーを交えて3人で大いに盛り上がったらしい。さらに悔しい!)

 この店はオーナーの趣味なのかワインも充実している。しかも有機にこだわっているのだそうだ。
 来るお客さんは一度北海道産を食べると、次も必ず北海道産を指名してくれるが、質のいい肉を確保するのが大変なんだそうだ。それもあって契約牧場を持ちたいと思ったとオーナーは熱っぽく語ってくれた。
 とても志の高い店に出会えたことに感動しつつ、会長は後ろ髪を引かれる思いでオートバイにまたがった。
 

本場北海道への取材旅行〈ツキサップじんぎすかんクラブ〉2005年4月

 大変なことになってしまった。
 折りからのジンギスカンブームに熱せられたのか、最高顧問が自分の理想のジンギスカン屋をオープンすると言い始めたのだ。
 いつかは今の仕事をリタイアして沖縄でジンギスカン屋をやりたい、とかねてから夢物語として話していた最高顧問だが、このブームで時は来たれりという気持ちになってしまったらしい。
 確かに今いろいろなジンギスカン屋を取材しても、店はどこも客で満杯。まさにブームのまっただ中である。
 しかしブームというのは必ず終焉が来るもので、このジンギスカンブームをかつての「もつ鍋」ブームと重ね合わせる人も多い。モツと羊では根本的に違うからあの時のように根こそぎ無くなってしまうことはないというのが東ジンの意見なのだが、それにしても飲食の素人が手を出して大丈夫なのだろうか。
 最高顧問は今まで訪問した店で聞いたノウハウ、取材を受けたうえで培ってきた人脈などから勝算は大いにあり、というスタンスだが、会長はあくまでも趣味でやっているから楽しいんだという立場なので、その話を聞いて大いに悩む。
 まず本場のジンギスカンを知らなければ話にならないから一度北海道に視察に行こう、という最高顧問。
 ジンギスカンを愛する我々だが、北海道に行ったのは7年前。しかもその時はカニだのエビだの海産物ばかり食べてジンギスカンを食べていない。
 「旅費は開店資金から出すからタダだよ。」
 タダ・・・・なんという耳に心地よい響きを持った言葉だろう。
 タタでもダメだしダダでも雰囲気が出ない。まさに絶妙な文字の組み合わせ。世界で一番短く美しい言葉ではないだろうか。
 その言葉が大好きな会長はすぐさま「行く!」と返事をした。
 4月某日、会長は仕事の都合で日月の二日間だが、最高顧問は金曜日から北海道に乗り込んで取材というスケジュール。
 
 朝9時前の羽田発のJALで千歳空港に向かう。
 今日はまず「ツキサップじんぎすかんクラブ」でお昼を食べ、夜は札幌ジンギスカン倶楽部神奈川支部長で東ジンの掲示板にもよく顔を出してくれるmin-minさんと札幌市内のジンギスカン屋に行く予定になっている。
 千歳空港から直接ツキサップじんぎすかんクラブに行くにはJRで札幌駅まで来るよりも新札幌駅で地下鉄東西線に乗り換えて南郷13丁目という駅で降りた方がいいというので、最高顧問とはその南郷13丁目で待ち合わせをすることにした。
 11時に待ち合わせたが、乗り継ぎがスムーズにいって10時半には駅に着いてしまった。いったん地上に出てみる。4月の北海道はまだまだ冬模様で寒い。通りを歩いている人もまだまだ冬本番の格好だ。駅のまわりに何もないようなのでまた地下に潜って改札で時間まで待つことにした。

 しばらくすると最高顧問がやってきた。顔はつやつやとしているものの元気がない。聞けば昨日一昨日でジンギスカン屋を6軒ハシゴしたんだそうだ。顔のツヤがいいのは羊肉を食べ続けているためだが、着ているジャケットからはほのかにジンギスカンの香りが漂ってくる。この臭いにすでに辟易している感じ。
 南郷13丁目の駅からツキサップじんぎすかんクラブまで歩くとかなりあるようなので、タクシーで向かうことにした。
 10分ほどでツキサップじんぎすかんクラブに到着。

ツキサップの林 白樺の向こうに建物 古風な建物

 白樺が林立する広い牧場風の庭に平屋の大きな屋根に白い壁、そして大きな窓の木造の洋館が北海道らしい雰囲気を出している。今はまだ雪が残っているが、夏になって庭が緑一色に覆われたら絵はがきのような美しい光景だろう。
 ここは東京のジンギスカンブームの火付け役を担った中目黒の某店がモデルとしているジンギスカンを出す老舗店だ。
 店の中に入るとジンギスカン独特の香りが鼻腔に押し寄せてくる。時間は12時前ということで客足はまばら。
 パンフレットによるとここは農業専門学校「八紘学園」内にあり、北海道ジンギスカン発祥の地とのこと。昭和28年、キャンパス内で「成吉思汗クラブ」を発足させたのがこの店の始まりだ。当時は非営利的会員組織で北海道の政財界の名士たちが会員だったそうだ。
 メニューはジンギスカンセットのみで 野菜(もやし、ピーマン、ニンジン、玉ネギ)、肉(1人前220gとボリュームたっぷり)おにぎり2個にたくあんが付いて1,350円。

 テーブルは白木で穴が空いていて、そこに七輪を入れるようになっている。

その内部 香ばしい空気が立ちこめる じゅ〜〜〜〜

 ビールとジンギスカンを注文して、さっそく店長にご挨拶した。
 店長は我々のことをインターネットで知ってくれていたようで、この店の昔の資料などを見せてくれた。さらに、東ジンHPの記述の中で過ちのある部分も親切に指摘してくれたので、東京に戻ったらすぐに訂正することを約束する。
 七輪と鍋が運ばれてきた。
 会長が鍋を見て余計な一言を口走り店長の気分をちょっと害させてしまったみたいだが、そこは度量の広い店長の配慮でご愛嬌ということにしてくれたようでホッとする。
 東京でもおなじみの、マトンをプレスして成型した肉がアルミのトレイに乗ってやってきた。厚さは約2ミリ。
 タレはかなり濃いめの甘さを押さえたタイプ。
 熱くなった鍋に肉を乗せる。パンフレットには「一枚づつ鍋にのせた肉のまわりが白っぽくなったらひっくり返し、軽く押さえてお召し上がりください。」と書いてあるのでそのようにして食べる。
 マトンだけに羊の香りが強く美味い。肉をミルフィーユ状に重ねて成型しているので柔らかい。
 初めての北海道ジンギスカンに相応しいその味と雰囲気に、ビールもすすむ。
 ここのセットはお肉たっぷりだから女性客なら1人前で十分だろう。最高顧問は昨日一昨日のジンギスカン攻めにあまり箸がすすまないようだが、会長はこれが北海道初ジンギスカンだけについつい食べ過ぎ気味になってしまったが、まだこの後の予定もあるので肉1人前の追加で我慢した。
 12時を過ぎた辺りから家族連れ、友達同志という感じのお客さんが続々と入ってきて、広い店内があっという間に7分くらいの入りになっていた。しゃべる言葉を聞くとみんな地元の人たちという感じ。
 ジンギスカンは札幌では店で食べるというよりも家で食べる物だ、ということを地元の友人に聞いたことがある。だからジンギスカン専門店は住宅街にはほとんどなくて、焼き肉屋のメニューの中にジンギスカンもあるという感じといっていた。
 しかしこの店は歴史が有るだけに地元民に愛されて、しっかりと根を下ろしているということがよくわかる。
 店長に話をうかがったが、有名な店だけに夏は観光客も多く、テラスで緑に囲まれながら食べられるようになっているとのこと。なんと最大600人は収容できるそうだ。(600人が一斉にジンギスカンを焼き始める光景は壮観だろうな。)
 デザートはソフトクリームが定番。スジャータのソフトクリームを使っていて味はバニラ、チョコ、杏仁豆腐の3種類がある。珍しいので杏仁豆腐を注文した。これがさっぱりしてジンギスカンのあとの口をさわやかにしてくれて絶妙であった。
 北海道のジンギスカン専門店初体験の会長は大満足で店をあとにした。


本場北海道への取材旅行〈だるま〉2005年4月

 ツキサップじんぎすかんクラブをあとにした我々は、しばらく住宅街を歩いていて大変なことに気がついた。
 時あたかも4月中旬、道路の端にはまだ溶けきれない黒っぽく汚れた雪が残る。スキーの観光シーズンには遅すぎ、爽やかな春の観光シーズンには早すぎる。
 つまり、観光シーズンOFFのこの時期の住宅街に、流しのタクシーなんてまず来ないのだった。
 今思えば店で帰りのタクシーを呼んでもらえばよかったのだが、その時はそんなことはまったく考えもつかなかった。
 しかたなく札幌出身の最高顧問の勘を頼りに駅方面へと歩くことにした。
 ここは札幌の豊平区というところで、最高顧問が生まれ育ったのが北区新琴似。札幌の地図で見ると北と南という真反対に位置するところで当然最高顧問はこの辺に来たこともないらしい。ただ、札幌の町名は碁盤の目のようになっていてとても分かりやすいので、何とか行き着けるだろう。
 歩きながら北海道の住宅をじっくり観察する。
 屋根の雪下ろしのためだろうか、住宅と住宅のあいだに必ず隙間が空いている。さらに玄関が温室のようなガラス張りになった箱の中にあって、家に入るにはまずその温室みたいな中に入り、そして玄関の戸を開けて家に入るというシステム。玄関を開けたときに寒い空気が室内に入らないための工夫だろう。
 そんな街中をキョロキョロしていると東京では見たことがない「セイコマート」という名前のコンビニがあった。好奇心の塊の会長が中に入ろうと提案するが、最高顧問は北海道ではどこでもみかけるこの「セイコマート」など珍しくもないので先を急ごうとする。機先を制して会長がそのコンビニに飛び込んだ。
 作りはよくあるコンビニと大差がない。しかし、その商品構成が東京とは大いに違っていた。インスタントラーメンの棚には東京で見たことがない「マルちゃんのスープカレーラーメン」なるものが・・・。しかもカップ麺と袋麺と2種類。当然会長はこれを購入する。さらにポテトチップスにも「ジンギスカン味」なるものを発見。これも購入。弁当コーナーにはジンギスカン弁当なるものもあるらしいのだが、残念ながらこの時は売り切れてしまっているらしかった。
 珍品の宝庫「セイコマート」をあとにさらに歩いていくと、今度はちょっとホコリをかぶったような模型屋を発見。こういう店には絶版となってしまったプラモデルが置いてあることが多いので、覗いてみることにした。じつは最高顧問も会長もプラモデルがけっこう好きなのだ。
 店内にはガンダム系のプラモが多い。最高顧問はレースカーのプラモ、会長はオートバイのプラモが好きなのだがあまり良さそうなのはなかった。最高顧問は船の模型にちょっと興味をそそられ、会長は鉄人28号の模型に魅かれたが荷物になることを考えあきらめてその店を出た。
 そんな寄り道を繰り返し帰ったものだから、ようやく地下鉄の駅に着いたときにはツキサップじんぎすかんクラブを出てから1時間近くがたっていた。
 ススキノに向かう地下鉄の中で、次は「だるま」に行ってみようということになった。
 時計を見るとまだ2時過ぎ。とりあえず本日予約してあるホテルにチェックインすることにした。
 最高顧問が予約してくれたのはススキノの外れ、まわりがほとんどソープランドという地に建つビジネスホテル。夜は当然極彩色のネオンが瞬くだろう。そのネオンに誘われてもフラフラと外に出て行かないという自信がない。

「だるま」は東京でジンギスカン屋を開いたオーナーの相当数の人たちが褒め、あそこの味を目標にしていると語っていた名店。我々もいつか北海道に行ったら一度行かなくてはと心に誓っていた店だ。通常の営業時間は夕方5時からなのだが、日曜日は4時半から営業するということなので、4時にロビー集合ということで最高顧問と別れた。朝早かった会長はここでちょっと仮眠。

  「だるま」の場所は最高顧問が把握しているというので、会長は後に続く。
 まだ外は明るいというのにホテルを出たとたんにソープランドの呼び込みのお兄ちゃんたちの勧誘がすごい。その勧誘のあいだを抜けて、目指すは憧れの「だるま」。

 ところが場所を把握しているはずの最高顧問が道に迷ってしまった。しばらくウロウロするもののよく分からない。すると最高顧問はさっきまで避けるようにしていた呼び込みのお兄ちゃんのところにツカツカと歩み寄り道を聞き始めた。お兄ちゃんは親切に道順を教えてくれた。
「帰りには寄ってくださいよ。」というお兄ちゃんに礼をいって足早に「だるま」に向かった。

「だるま」はススキノの駅前通りという大きな通りから一本入った細い路地にあった。ネオン輝く通りの中にあって、この細い路地はちょっと分かりづらい。
 表には達磨大師を描いた白い看板に「だるま」と白文字で書かれた紺の暖簾がかかっている。道路に出ている赤い看板には「昭和29年創業・ススキノ名物」と書いてある。昭和29年ということは今年(平成17年)で満51歳。昼間行った「ツキサップじんぎすかんクラブ」は昭和28年創業だが、その頃は会員制で店ではなかったので、店としては老舗中の老舗ということになる。

ススキノだるま本店 活気のある店内 タマネギがドサッと

 4時半をちょっと過ぎた時間なのに、店の中にはもう煙が立ちこめている。
 店内は馬蹄形の形をしたカウンターのみで12〜3人で満員になってしまう。そのカウンターの中で3人のおばちゃんが忙しそうに働いている。
 カウンターには2人に一つの割合で穴が空いていて、そこに七輪を入れるようになっている。
 我々が着席するように指示されたのは、ちょうどカウンターの真ん中あたり。12人のお客さんを3人のおばちゃんで対応するということは、1人で4人を担当するということになる。我々を担当してくれるおばちゃんはおばちゃん歴がけっこう長い、おばちゃんの大ベテランといえそうなおばちゃん。右隣の4人を担当するおばちゃんは、まだおばちゃんの初心者といった風情でちょっと水商売もかじってたかもと思わせる、なかなかに色気のあるおばちゃんだ。
 あと2つ席がずれていれば・・・・・・自分たちの不運を心で嘆く最高顧問と会長であった。
 メニューはジンギスカン1人前700円(野菜は玉ネギと長ねぎ)、漬物100円、ご飯200円、キムチ、チャンジャ300円、ビールは中瓶のみで600円(いずれも+消費税)となっている。肉はラムではなくマトン。厚さは5ミリくらいで赤身の多いロース肉を使っている。我々の隣に座っている人は1人で食べに来た地元のサラリーマンらしき人で、その隣の観光客らしいカップルに「だるま」の食べ方を親切にレクチャーしている。会長は耳をダンボにして聞き耳を立てる。
常連さんのアドバイスは
●焼き方は人それぞれの好みがあるので好きなように焼けばいいが、焼き過ぎると固くなるし肉汁も出てしまうので、できれば表面が焼けたミディアムレアが望ましい。
●タレは一味とニンニクを入れるとより美味しくなる。
●焼けたネギを一個とっておく。食べ終わったら最後にタレにそのネギを入れ、番茶を注いでもらってスープ代わりにして飲む。
●このスープをご飯にかけてお茶漬け風にして食べるのもまた美味い。
タレに番茶を入れてスープ代わりにして飲む方法は、東京でも何軒かやる店はあるが、ネギを入れるというのは知らなかった。多いに参考にさせてもらう。

お肉とたれ さっそくジュ〜〜!

 ビールとジンギスカンが目の前に来た。我々を「だるま」初心者と看破したおばちゃんは、鍋が熱くなった頃を見計らってあぶら(羊脂)を塗り、野菜を敷き詰めてくれる。我々はおとなしくおばちゃんの手さばきをじっと見ている。
 手早くセッティングすると「あとはどうぞ」といって他のお客さんの世話に行ってしまった。
 瓶ビールで乾杯。考えてみれば、最近瓶ビールを飲む機会が無くなってしまっていた。ほとんどの店が生ビールであり、我々もついついそれに慣れてしまっている。その昔友人たち6〜7人で居酒屋のビールを全て飲み干したという逸話を持つ最高顧問は、懐かしそうにコップを傾ける。
 さっそく焼けた肉をタレにつけて食べる。
 タレはしっかりした濃いめの味で、マトンによくあう。さすがに50年を超える門外不出のタレは(このタレのレシピに数多く引き合いが来ているが、全て断っているらしい)伝統の重みがあり、癖になりそう。美味い!
 タレの加減が絶妙で、ビールにもご飯にもよくあう。
 肉は1人前130gあるのだが、あっという間に食べてしまい、追加を注文する。
 気がつけば外には列が並んでいる。店内でのおばちゃんの接客は、困っている客がいればすぐにアドバイスし、慣れてるお客さんには付かず離れず、常連さんが話しかければ気さくに答えるというように各お客さんとの距離感が絶妙だ。
 特に我々担当のおばちゃんはベテランらしく、その辺の呼吸が絶妙でとても居心地がいい。最初に隣のおばちゃんに浮気心を持ったことを心の中で詫びた。
 この店でお腹いっぱいにしたいところだが、min-minさんとの待ち合わせもあるので我慢。それでも会長は常連さんが言っていたお茶漬けが食べたくてご飯と番茶を頼んだ。当然焼けたネギを一つ確保してある。
 脂の浮いたタレをご飯にザバッとかけ、そのご飯に直接お茶を入れてもらう。ネギをお茶でよぅくほぐしてサラサラとかっこむ。
 脂っぽいんじゃないかと思っていたのだが、ネギの効能か番茶の濃さがいいのか、ギトギト感はほとんど感じない。とても美味しい。出来ればネギをもう2〜3切れとっておけば良かったと後悔するほどネギがいい味を出していた。
 お勘定を済ませ大満足で外に出ると、あたりはすっかり暗くなり冷たい風が頬をなでる。その寒さの中をじっと耐えるように並ぶ長蛇の列。この店は平日は夜中の3時まで、金土は5時までやっていて、その間列の途切れることがないという噂を聞いていたが、肉、タレ、店内の雰囲気の三拍子が揃っていれば当然と納得した。
 


本場北海道への取材旅行〈モンゴル一丁目〉2005年4月

 すすきのの街に出て「だるま」について最高顧問と感想を述べあっていると、大きな体格をしたmin-minさんが「お久しぶりです」と声をかけてきた。

 このmin-minさんは北海道出身の羊好きで、仕事でイランに行った際も羊を食べまくったという筋金入り。東京ジンギス倶楽部の掲示板によく書き込みをしてくれるほか、「札幌ジンギスカンクラブ」(通称札ジン)という札幌のジンギスカン好きが集うクラブの神奈川支部長をしているジンギスカン好きである。
 住まいは神奈川だけれど、仕事の関係で長期に渡って北海道に来ていて、今回我々が北海道視察旅行をするということを聞きつけて札幌の案内を買って出てくれたのである。
 min-minさんは「だるま」でジンギスカンを食べたばっかりの我々に気を使ってくれて、近所のカフェでちょっと小休止。
 そのあいだに札幌のジンギスカン事情をレクチャーしていただいた。
 最近は札幌も昔ながらのジンギスカン屋の他に東京スタイルというか、女の子同士やデートにも使えるちょっとニューウェーブ風のジンギスカン屋がちらほら出てきたのだとか。
「さて、どこに行きましょうか」というmin-minさんの問いに、「つきさっぷジンギスカンクラブ」、「だるま」と昔ながらのジンギスカン屋を回ってきた我々は、札幌の新しい波も体験してみたいとリクエスト。
 min-minさんが選んでくれた店は地下鉄南北線すすきの駅から徒歩10分弱の「生肉ジンギスカン専門店 モンゴル一丁目」。
 午後7時、お腹もこなれてきた我々はその店に向かった。
モンゴリ一丁目前で 雑居ビルの一階にあるその店は入口に白い暖簾に墨文字も鮮やかに店名がどーんと書いてある。店内は半個室形式になっていて4人掛けの部屋が5つに7〜8人部屋が2つ。店内はやや暗めの照明で、落ち着いてお洒落な雰囲気を演出している。
 七輪はテーブルに直接置くので非常に背が低くなっている。

 メニューは生肉ジンギスカン(マトン)700円(初回玉ネギと長ねぎ付き)、ラムタン塩800円(今は750円)、ラムロース850円(今はサフォーク880円)、上生塩ホルモン(今はないかも)、あがりラーメン210円(ラーメンを小鍋で茹でて、タレで食べる)、他に追加野菜(もやし、アスパラなど)となっている。
 我々は基本の生肉ジンギスカンとラムタン塩とラムロースを注文し、ビールで乾杯。
 やってきた鍋は穴あきタイプで脂は豚の脂を使っているとのこと。
 肉は道内産のもので1人前130gとボリュームたっぷり。厚さは5〜6ミリという厚めのサイズ。
 タレは北海道にしてはやや薄味のあっさりさっぱりタイプ。北海道産の肉が脂があっさりしているので、濃い味好きの人にはちょっと物足りないかも。
 塩ホルモンというものを初めて食べたがこれが美味しかった。塩味なのでサッパリしているが、噛むほどに脂がじわっとにじみ出てきて美味さがつきない。歯ごたえも適度の弾力があり歯に心地いい。羊のホルモンだと思ったのだが、お店の人に聞くと豚の腸だということでそこはちょっとガッカリ。
 締めの「あがりラーメン」も食べてみたかったのだが、さすがにそこまでお腹に入らなかったので泣く泣く断念した。
 ジンギスカンの話し、羊の話、min-minさんの青春時代の北海道のジンギスカン事情などを楽しく拝聴し、気がつけば時間は9時をまわっている。実は我々はこのあと札幌の友人宅に招待されているのだった。

 min-minさんにお礼を言って別れ、タクシーに乗って東区の友人宅へ。
 このジンギス日記に以前書いた「ジンギスカン・ジャーキー」を持ってきてくれた、東ジン札幌支部長のマナブ家族と共に待ちかまえていた友人は、どっさりの新鮮な甘エビやカニなどのご馳走を用意して我々を歓待してくれた。
 不思議なものでジンギスカン屋のはしごでもう満腹と思っていたのだが、刺し身などはまたどんどん食べられてしまうのですね。考えてみれば本日初めてのジンギスカン以外の食べ物だ。
 楽しい時間はあっという間に過ぎ気がつけば12時を過ぎている。
 タクシーを呼んでもらい名残惜しく別れを告げてホテルに帰った。

 まだまだホテルのまわりはピンクのネオンが瞬いている。
 食べ疲れてヘロヘロになった会長を尻目に、最高顧問が突然「ラーメンが食べに行こうよ!!」と言い出した。2日早く札幌に来ている最高顧問は、この3日間ジンギスカンしか食べていないので、麺類がどうしても食べたいと言って聞かない。そんな元気のない会長が「1人で行ってきなよ。」というと最高顧問は「分かった、行ってくる!」とラーメンを食べに行くには不自然なほどいそいそとピンクのネオンの中に消えていったのであった。


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